小学1年生の秋に、母を亡くしました。
当時の私は、どうやってその悲しみと向き合えばいいのか分かりませんでした。
けれど、父のひとことが、私の心をそっと支えてくれたのです。
お母さんは私が小学1年生の秋にガンで亡くなった。
「お母さん帰ってくるって言ったやん!」
父にひどい言葉を投げた。
悲しみに埋もれてた時。
お父さんが「お母さんは月になったんやで。いつでも空から見守ってくれてる」
その言葉を私にくれた。
私はさみしくなると空を見上げた。
お昼に月が見えると、すごく嬉しかった。
こんな、本当か嘘かわからない事で、人って強くなれたりする。
実際、この言葉のおかげで私はいつもお母さんが居てくれてる安心感に包まれた。
生きてたらずっと一緒に居るのは難しいけど、
一人の時間も、学校行ってる時間も、空にいつもお母さんが居てくれた。
悲しみは急にやってきて、子どもの私はそれをどう抱えたらいいのかわからなかった。
だけど「月になったお母さん」は、私の心のよりどころになった。
空を見上げることが、癒しになった。
誰かに話せない気持ちも、月にそっと話しかけた。
返事がなくても、不思議と落ち着いた。
人って、「本当」かどうかよりも、「自分がどう感じるか」で救われることがある。
あの頃、私の心を支えてくれたのは、たしかに“月のお母さん”だった。
今でも私は、夜空を見上げる。
月を見ると、胸の奥にじんわりあたたかいものが広がる。
悲しみは消えない。
でも、悲しみの中にも光がある。
そうやって少しずつ、自分の心を抱きしめてこれたのかもしれない。
きっとあの頃の私は、「見えないけど感じる存在」によって支えられていたんだと思う。
大人になって、数秘や心の世界に触れる中で、あのとき感じていた“目には見えない安心感”が、どれほど大きな力をくれていたのかを実感するようになった。
目に見えなくても、心で感じることはちゃんと意味がある。
自分の感覚や気持ちを信じることが、少しずつ心を軽くしてくれるんだと思う。
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この話が、今つらい気持ちを抱えている誰かの、小さな支えになればいいなと思って書いています。
空を見上げるだけで、少し心が軽くなることもあるから。
今は、数秘や心のケアに関わる学びの中で、「感じること」の大切さを改めて実感しています。
このブログが、誰かの心をそっと照らすものになりますように。

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